南蛮|鋳物師《いものし》

同宿並にかくし置き他より顕《あら》はるるに於ては其処の名主並に五人組まで一類共|可処厳科也《げんくわにしよすべきなり》、仍下知如件《よつてげちすることくだんのごとし》[#地から2字上げ]奉行[#ここで字下げ終わり]と認《したゝ》めた檜《ひのき》の高礼がいかめしく樹《た》てられてゐた頃の事である...

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虐殺の先鞭をつけた

 そして自ら朝鮮を侵略して行つた此猿英雄は一度でそれが懲《こ》らし得るつもりで、先づ廿六人の「侵略者」を長崎の立山で磔刑《はりつけ》にし、虐殺の先鞭をつけた。 家康は秀吉よりも一層切支丹を最初から嫌つてゐた。徳川の運命と同じく、切支丹の運命にとつて致命的であつた関ヶ原の決戦が済み、切支丹の最も有力...

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父秀忠と祖父家康の素志を継いで

[#7字下げ]一[#「一」は中見出し]

 父秀忠と祖父家康の素志を継いで、一つにはまだ徳川の天下が織田や豊臣のやうに栄枯盛衰の例に洩れず、一時的で、三代目あたりからそろ/\くづれ出すのではないかと云ふ諸侯の肝を冷やす為めに、又自分自らも内心実はその危険を少からず感じてゐた処から、さし当り切支丹《き...

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