嘆息を洩らして

 裕佐は思はずかう嘆息を洩らして破《や》れ芭蕉の乱れてゐる三坪ばかりの庭の方を向いた。「いろんなものに引かれるのは結構ぢやないか。つまりそれ丈け、おぬしは眼があるのだからな。」 さう出られれば「勿論」と裕佐は云ひ度くなるのだつた。しかし自分の裡《うち》にはたしかに孫四郎なぞの窺ひも得ぬ何かがあると自信してはゐるもののまだその現の証拠を実現した訳ではない。実現して眼《ま》のあたり見た上でない以上矢張り内心不安であり、空虚である。畢竟《ひつきやう》誰にでもある単なる自惚《うぬぼ》れ、架空の幻影ではないかと疑ふ。自分で疑ふ位なら人が見縊《みくび》る事に文句は云へない。「とに角僕は何か一つの道に徹底したいよ。差し当り僕はどうもその事を願はずにはをられない。自分が結局どの道にも徹底出来ない質《たち》なのでないかと云ふ気がどうもしてな。」 裕佐は又おとなしくかう云つてかゝへた膝をゆすぶつた。「ふむ、徹底すると云つたつて、こんな一文や二文のおもちや仕事に徹底したんぢやおぬしは満足は出来なからう。もつとえらい仕事でなけれやな。――わたしの仕事なぞは貧乏人の子供相手の乞食仕事だ。之れで随分丹精はして造る。こんな阿呆らしいやうな絵草紙一枚だつて見かけよりや骨を折つとるんだ。しかしいくら骨を折つたつて結局子供だましの夜鷹《よたか》仕事だ。でもこんなのらくらの遊び人の絵をとも角も一文や二文で買つてくれ手があるから不思議さな! どうで雪舟も山楽も拝む事の出来ぬ肴屋や八百屋の熊公八公がわたしの御上客だ。殿様だ。それがわしには相応しとるて。へツへツへ。奴等にや又わしのやうな乞食絵師が相当しとるんだ。だからわしのやうな者もなけれやならんのさ。雲上人相手の白拍子《しらべうし》ばかりぢや世の中は足らん。熊公八公相手の夜鷹もなけれやな。どうだ。君も徹底して夜鷹になるか。」 孫四郎はかう云つて煙脂《やに》だらけの黒い口をあいて笑つた。

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