山田長政が象に乗つて

 孫四郎は邪慳にかう云ひ捨てて敷けば却つて冷た相な板のやうに重い座蒲団をドサリとわきへ放りなげ、長煙管《ながぎせる》の雁首《がんくび》で、鉄に銀の象嵌《ざうがん》をした朝鮮の煙草箱を引き寄せ乍らその長い膝をグツと突き出して坐つた。「それやこんなものよりやずつと傑作ぢや。此間の縁日の虎を早速やつて見たんぢやがな。」 彼はかう云つてひよろ長い体の居ずまひを直し、裕佐が縁近く持ち出して胡坐《あぐら》をかいて見てゐた一枚の絵を煙管でさした。それは山田長政が象に乗つて暹羅《シヤム》の国王の処に婿入をする図で、版画にする原画であつた。「ほうら。ありましたがな、こんな処に。矢つ張り貴郎《あなた》が御自分でお蔵《しま》ひになつたんですわ。」 細君は嬉しさの余り長い白い脛を一寸あらはして、束になつてくづれてゐる錦絵を跨ぎ、安心と怨めしさとが一緒になつて堅くなつた表情を向け乍ら一枚の絵を夫に渡した。そして「いつだつてかうなんですの。」とやゝとげ/\しく云つて、そのとげ/\しさに自ら上気した顔を更にぽつと赭らめ乍ら裕佐に笑顔を見せ、チラリと又夫を顧みて、次ぎの間へ去つた。「あつたか。」孫四郎はうけ取り乍ら一言かう言つて、大事さうにフツと一息かけ、「こゝへ来て御覧。こゝの方がまだ明るい。」と云ひ乍らその絵をサラリと敷居の上へなげ、飲み残しの冷たい茶をゴクリと一息に呑むと今度は眼鏡の球を袖口でこすり乍ら下から覗き込むやうにじろり/\と裕佐の顔を視入るのだつた。 諏訪神社の縁日に虎の見世物が出て非常な人気を博した事はついその十日程前の事であつた。孫四郎の絵ではその虎の檻が街頭に引き出されてゐる。「朝鮮大虎」「大入々々」「大人一文小児半文」と書いた札を背にして切《しき》りに客を呼んでゐる男が一方にゐる。かと思ふと張り子のやうな虎が檻一杯に突つ立つていかめしく睨んでゐるその檻の前には「おらんだ人」と肩書きのある紅毛碧眼の異国人が蝙蝠傘《かうもりがさ》をさした日本の遊女と腕を組んで、悠長にそれを見物してゐる。ステッキをついて猩々《しやう/″\》のやうに髯を生やした馬鹿に鼻の高い「おろしや人」が虎よりは見物人の方を見乍ら長閑《のどか》にパイプを喫《ふ》かしてゐる。大小をさした丁髯《ちよんまげ》の[#「丁髯《ちよんまげ》の」はママ]侍のわきには日本の子供と中国の子供とが遊んでゐる。――「ふむ。――」裕佐は思はずその絵のユーモアに微笑まされた。「なるほどこれや面白い。」「近来の傑作ぢやらうがな。へツへ」

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