飛上るようにして

 飛上るようにして、やがてお幾が捧げ出した灯《ともしび》の影に、と見れば、予言者はくるりと背後《うしろ》向になって、耳を傾けて、真鍮《しんちゅう》の耳掻を悠々とつかいながら、判事の言《ことば》を聞澄しているかのごとくであった。「安心しな、姉さん、心に罪があっても大事はない。私が許す、小山由之助だ、大審院の判事が許して、その証拠に、盗《ぬすみ》をしたいと思ったお前と一所になろう。婆さん、媒妁人《なこうど》は頼んだよ。」 迷信の深い小山夫人は、その後永く鳥獣の肉と茶断《ちゃだち》をして、判事の無事を祈っている。蓋《けだ》し当時、夫婦を呪詛《じゅそ》するという捨台辞《すてぜりふ》を残して、我《わが》言かくのごとく違《たが》わじと、杖をもって土を打つこと三たびにして、薄月《うすづき》の十日の宵の、十二社の池の周囲を弓なりに、飛ぶかとばかり走り去った、予言者の鼻の行方がいまだに分らないからのことである。[#地から1字上げ]明治三十四(一九〇一)年一月

 何日《いつ》だったか、一寸《ちょっと》忘れたが、或《ある》冬の夜のこと、私は小石川区金富町《こいしかわくきんとみちょう》の石橋思案《いしばししあん》氏の家《うち》を訪れて、其処《そこ》を辞したのは、最早《もう》十一時頃だ、非常に真暗《まっくら》な晩なので、全く鼻を撮《つま》まれても解らないほどであった、ふいと私は氏の門を出て、四五|間《けん》行くと、その細い横町の先方《さき》から、低く草履《ぞうり》の音がして、道の片隅《かたすみ》を来るものがある、私は手に巻煙草《まきたばこ》を持っていたので、漸々《ようよう》二人が近寄って遂《つい》に通過《とおりす》ぎる途端、私は思わずその煙草《たばこ》を一服強く吸った拍子に、その火でその人の横顔を一寸《ちょいと》見ると驚いた、その蒼褪《あおざめ》た顔といったら、到底《とうてい》人間の顔とは思われない、普通病気などで蒼褪《あおざめ》るような分《ぶん》ではない、それは恰《あだか》も緑青《ろくしょう》を塗ったとでもいおうか、まるで青銅《からかね》が錆《さび》たような顔で、男ではあったが、頭髪《かみのけ》が長く延びて、それが懶惰《ものぐさ》そうに、むしゃくしゃと、顔のあたりに垂れているのであった、私はそれを見ると、突然何かに襲われた様に、慄然《ぞっ》として、五六|間《けん》は大跨《おおまた》に足取《あしどり》も頗《すこぶ》る確《たしか》に歩いたが、何か後方《うしろ》から引付《ひきつ》けられるような気がしたので、それから先は、後方《うしろ》をも振向《ふりむ》かず、一散走《いつさんばし》りに夢中で駈出《かけだ》したが、その横町を出ると、すぐ其処《そこ》が金剛寺坂《こんごうじざか》という坂なので、私はもう一生懸命にその坂を中途まで下りて来ると、その時刻にまだ起きていた例の「涙寿《なみだす》し」の前《まえ》まで来て、やっと一息ついて、立止《たちどま》ったが、後方《うしろ》を見ると、もう何者も見えないので、やれ安心と思って漸《ようや》くに帰宅をした、これは或《あるい》は私の幻覚であったかもしれぬが、その蒼褪《あおざめ》た顔の凄さといったら、その当時|始終《しじゅう》眼先《めさき》にちらついていて、仕方が無かったが、全く怖い目に会ったのであった。

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