旦那様が聞いて下さいました

       十七

 お幾は年紀《とし》の功だけに、身を震わさないばかりであったが、「いえ、もう下らないこと、くどくど申上げまして、よくお聞き遊ばして下さいました。昔ものの口不調法、随分御退屈をなすったでございましょう。他《ほか》に相談相手といってはなし、交番へ届けまして助けて頂きますわけのものではなし、また親類のものでも知己《ちかづき》でも、私《わたくし》が話を聞いてくれそうなものには謂いました処で思遣《おもいやり》にも何にもなるものじゃあございません、旦那様が聞いて下さいましたので、私は半分だけ、荷を下しましたように存じます。その御深切だけで、もう沢山なのでございますが、欲には旦那様何とか御判断下さいますわけには参りませんか。 こんな事を申しましてお聞上げ……どころか、もしお気に障りましては恐入りますけれども、一度旦那様をお見上げ申しましてからの、お米の心は私がよく存じております。囈言《うわごと》にも今度のその何か済まないことやらも、旦那様に対してお恥かしいことのようでもございますが、仂《はした》ない事を。 飛んだことをいう奴だと思し召しますなら、私だけをお叱り下さいまして、何にも知りませんお米をおさげすみ下さいますなえ。 それにつけ彼《か》につけましても時ならぬこの辺へ、旦那様のお立寄遊ばしたのを、私はお引合せと思いますが、飛んだ因縁だとおあきらめ下さいまして、どうぞ一番《ひとつ》一言《ひとこと》でも何とか力になりますよう、おっしゃっては下さいませんか。何しろ煩っておりますので、片時でもほッという呼吸《いき》をつかせてやりたく存じますが、こうでございます、旦那様お見かけ申して拝みまする。」と言《ことば》も切に声も迫って、両眼に浮べた涙とともに真《まこと》は面《おもて》にあふれたのである。 行懸《ゆきがか》り、言《ことば》の端、察するに頼母《たのも》しき紳士と思い、且つ小山を婆《ばば》が目からその風采《ふうさい》を推して、名のある医士であるとしたらしい。

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