気を揉《も》んで揉抜いた揚句

       十六

「それも、行《ゆ》こうか行くまいかと、気を揉《も》んで揉抜いた揚句、どうも堪《たま》らなくなりまして思切って伺いましたので。 心からでございましょう、誰の挨拶もけんもほろろに聞えましたけれども、それはもうお米に疑《うたがい》がかかったなんぞとは、※[#「口+愛」、第3水準1-15-23]《おくび》にも出しませんで、逢って帰れ! と部屋へ通されましてございます。 それでも生命《いのち》はあったか、と世を隔てたものにでも逢いますような心持。いきなり縋《すが》り寄って、寝ている夜具の袖へ手をかけますと、密《そっ》と目をあいて私《わたくし》の顔を見ましたっけ、三日四日が間にめっきりやつれてしまいました、顔を見ますと二人とも声よりは前《さき》へ涙なんでございます。 物もいわないで、あの女《こ》が前髪のこわれた額際まで、天鵞絨《びろうど》の襟を引《ひっ》かぶったきり、ふるえて泣いてるのでございましょう。 ようよう口を利かせますまでには、大概骨が折れた事じゃアありません。 口説いたり、すかしたり、怨《うら》んでみたり、叱ったり、いろいろにいたして訳を聞きますると、申訳をするまでもない、お金子《かね》に手もつけはしませんが、験《げん》のある祈をされて、居ても立ってもいられなくなったことがある。 それは※[#疑問符感嘆符、1-8-77] やっぱりお金子《かね》の事で、私は飛んだ心得違いをいたしました、もうどうしましょう。もとよりお金子は数さえ存じません位ですが、心では誠に済まないことをしましたので、神様、仏様にはどんな御罰《おばち》を蒙《こうむ》るか知れません。 憎らしい鼻の爺《じじい》は、それはそれは空恐ろしいほど、私の心の内を見抜いていて、日に幾たびとなく枕許《まくらもと》へ参っては、(女《むすめ》、罪のないことは私《わし》がよう知っている、じゃが、心に済まぬ事があろう、私を頼め、助けてやる、)と、つけつまわしつ謂うのだそうで。

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