次のお座敷

(変じゃあないか、女房《おかみ》さん、それはまたどうした訳だろう、)(それが御祈祷をした仁右衛門爺さんの奇特でございます。沢井様でも誰も地震などと思った方はないのでして、ただ草を刈っておりました私の目にばかりお居間の揺れるのが見えたのでございます。大方神様がお寄んなすった験《しるし》なんでございましょうよ。案の定、お前さん、ちょうど祈祷の最中、思い合してみますれば、瓦が揺れたのを見ましたのとおなじ時、次のお座敷で、そのお勢というのに手伝って、床の間の柱に、友染の襷《たすき》がけで艶雑巾《つやぶきん》をかけていたお米という小間使が、ふっと掛花活《かけはないけ》の下で手を留めて、活けてありました秋草をじっと見ながら、顔を紅《べに》のようにしたということですよ。何か打合せがあって、密《そっ》と目をつけていたものでもあると見えます。お米はそのまんま、手が震えて、足がふらついて、わなわなして、急に熱でも出たように、部屋へ下って臥《ふせ》りましたそうな。お昼|過《すぎ》からは早や、お邸中寄ると触ると、ひそひそ話。 高い声では謂われぬことだが、お金子《かね》の行先はちゃんと分った。しかし手証を見ぬことだから、膝下《ひざもと》へ呼び出して、長煙草《ながぎせる》で打擲《ひっぱた》いて、吐《ぬか》させる数《すう》ではなし、もともと念晴しだけのこと、縄着《なわつき》は邸内《やしきうち》から出すまいという奥様の思召し、また爺さんの方でも、神業《かみわざ》で、当人が分ってからが、表沙汰にはしてもらいたくないと、約束をしてかかった祈《いのり》なんだそうだから僥倖《しあわせ》さ。しかし太い了簡《りょうけん》だ、あの細い胴中《どうなか》を、鎖で繋《つな》がれる様《さま》が見たいと、女中達がいっておりました。ほんとうに女形が鬘《かつら》をつけて出たような顔色《かおつき》をしていながら、お米と謂うのは大変なものじゃあございませんか、悪党でもずっと四天《よてん》で出る方だね、私どもは聞いてさえ五百円!)とその植木屋の女房《かみさん》が饒舌《しゃべ》りました饒舌りました。 旦那様もし貴方、何とお聞き遊ばして下さいますえ。」 判事は右手《めて》のさきで、左の腕《かいな》を洋服の袖の上からしっかとおさえて、屹《きっ》とお幾の顔を見た。「どう思召して下さいます、私《わたくし》は口が利けません、いいわけをするのさえ残念で堪《たま》りませんから碌《ろく》に返事もしないでおりますと、灯《あかり》をつけるとって、植吉の女房《かみさん》はあたふた帰ってしまいました。何も悪気のある人ではなし、私とお米との仲を知ってるわけもないのでございますから、驚かして慰むにも当りません、お米は何にも知らないにしましても、いっただけのことはその日ありましたに違いないのでございますもの。 私は寝られはいたしません。 帰命頂来《きみょうちょうらい》! お米が盗んだとしますれば、私はその五百円が紛失したといいまする日に、耳を揃えて頂かされたのでございます。 どんな顔をされまいものでもないと、口惜《くやし》さは口惜し、憎らしさは憎らし、もうもう掴《つか》みついて引※[#「てへん+劣」、第3水準1-84-77]《ひきむし》ってやりたいような沢井の家の人の顔を見て、お米に逢いたいと申して出ました。」

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