五宿の女郎

 もうもう五宿の女郎の、油、白粉《おしろい》、襟垢《えりあか》の香《におい》まで嗅いで嗅いで嗅ぎためて、ものの匂で重量《おもり》がついているのでございますもの、夢中だって気勢《けはい》が知れます。 それが貴方、明前《あかりさき》へ、突立《つった》ってるのじゃあございません、脊伸をしてからが大概人の蹲《しゃが》みます位なんで、高慢な、澄した今産れて来て、娑婆《しゃば》の風に吹かれたという顔色《かおつき》で、黙って、※[#「口+愛」、第3水準1-15-23]《おくび》をしちゃあ、クンクン、クンクン小さな法螺《ほら》の貝ほどには鳴《なら》したのでございます。 麹室《こうじむろ》の中へ縛られたような何ともいわれぬ厭《いや》な気持で、しばらくは我慢をもしましたそうな。 お米が気の弱い臆病ものの癖に、ちょっと癇持《かんもち》で、気に障ると直きつむりが疼《いた》み出すという風なんですから堪《たま》りませんや。 それでもあの爺の、むかしむかしを存じておりますれば、劫《こう》経《へ》た私《わたくし》どもでさえ、向面《むこうづら》へ廻しちゃあ気味の悪い、人間には籍のないような爺、目を塞《ふさ》いで逃げますまでも、強《きつ》いことなんぞ謂《い》われたものではございませんが、そこはあの女《こ》は近頃こちらへ参りましたなり、破風口《はふぐち》から、=無事か=の一件なんざ、夢にも知りませず、また沢井様などでも誰もそんなことは存じません。 串戯《じょうだん》にも、つけまわしている様子を、そんな事でも聞かせましたら、夜が寝られぬほど心持を悪くするだろうと思いますから、私もうっかりしゃべりませんでございますから、あの女《こ》はただ汚い変な乞食、親仁《おやじ》、あてにならぬ卜者《うらないしゃ》を、愚痴無智の者が獣《けだもの》を拝む位な信心をしているとばかり承知をいたしておりましたので、(不可《いけ》ませんよ、不可ませんよ、)といっても、ぬッとしてクンクン。(お前はうるさいね、)と手にしていた針の尖《さき》、指環《ゆびわ》に耳を突立《つった》てながら、ちょいと鼻頭《はながしら》を突いたそうでございます、はい。」 といって婆さんは更《あらた》まった。

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