雲霧が立籠めて

 はい、いえ、さようでございます、旦那様も新聞で御存じでも、あの爺のこととは思召しますまいよ。ちっとも鼻の大きなことは書いてないのだそうでございますから。 もっとも鐘馗《しょうき》様がお笑い遊ばしちゃあ、鬼が恐《こわ》がりはいたしますまい、私どもが申せば活如来、新聞屋さんがおっしゃればその予言者、活如来様や予言者殿の、その鼻ッつきがああだとあっては、根ッから難有味《ありがたみ》がございませんもの、売ものに咲いた花でございましょう。 その癖雲霧が立籠めて、昼も真暗《まっくら》だといいました、甲州街道のその峰と申しますのが、今でも爺さんが時々お籠《こもり》をするという庵《いおり》がございますって。そこは貴方、府中の鎮守様の裏手でございまして、手が届きそうな小さな丘なんでございますよ。もっとも何千年の昔から人足の絶えた処には違いございません、何|蕨《わらび》でも生えてりゃ小児《こども》が取りに入りましょうけれども、御覧じゃりまし、お茶の水の向うの崖だって仙台様お堀割の昔から誰も足踏をした者はございませんや。日蔭はどこだって朝から暗うございまする、どうせあんな萌《もやし》の糸瓜《へちま》のような大きな鼻の生えます処でございますもの、うっかり入ろうものなら、蚯蚓《みみず》の天上するのに出ッくわして、目をまわしませんければなりますまいではございませんか。」と、何か激したことのあるらしく婆さんはまくしかけた。

       十

 一息つき言葉をつぎ、「第一、その日清戦争のことを見透《みすか》して、何か自分が山の祠《ほこら》の扉を開けて、神様のお馬の轡《くつわ》を取って、跣足《はだし》で宙を駈出《かけだ》して、旅順口にわたりゃあお手伝でもして来たように申しますが、ちっとも戦《いくさ》のあった最中に、そんなことが解ったのではございません。ようよう一昨年から去年あたりへかけて騒ぎ出したのでございますもの、疑《うたぐ》ってみました日には、当《あて》になりはいたしません。しかしまあ何でございますね、前触《まえぶ》が皆《みんな》勝つことばかりでそれが事実《まったく》なんですから結構で、私《わたくし》などもその話を聞きました当座は、もうもう貴方。」 と黙って聞いていた判事に強請《ねだ》るがごとく、「お可煩《うるさ》くはいらっしゃいませんか、」「悉《くわ》しく聞こうよ。」 判事は倦《う》める色もあらず、お幾はいそいそして、

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