あれは易者なんで

「お聞きなさいまし旦那様、その爺のためにお米が飛んだことになりました。」

       九

「まずあれは易者なんで、佐助めが奥様に勧めましたのでございます、鼻は卜《うらない》をいたします。」「卜を。」「はい、卜をいたしますが、旦那様、あの筮竹《ぜいちく》を読んで算木を並べます、ああいうのではございません。二三度何とかいう新聞にも大騒ぎを遣って書きました。耶蘇《ヤソ》の方でむずかしい、予言者とか何とか申しますとのこと、やっぱり活如来《いきにょらい》様が千年のあとまでお見通しで、あれはああ、これはこうと御存じでいらっしゃるといったようなものでございますとさ。」 真顔で言うのを聞きながら、判事は二ツばかり握拳《にぎりこぶし》を横にして火鉢の縁《ふち》を軽く圧《おさ》えて、確めるがごとく、「あの鼻が、活如来?」「いいえ、その新聞には予言者、どういうことか私《わたくし》には解りませんが、そう申して出しましたそうで。何しろ貴方、先《せん》の二十七年八年の日清戦争の時なんざ、はじめからしまいまで、昨日《きのう》はどこそこの城が取れた、今日は可恐《おそろ》しい軍艦を沈めた、明日は雪の中で大戦《おおいくさ》がある、もっともこっちがたが勝じゃ喜びなさい、いや、あと二三ヶ月で鎮るが、やがて台湾が日本のものになるなどと、一々申す事がみんな中《あた》りまして、号外より前《さき》に整然《ちゃあん》と心得ているくらいは愚《おろか》な事。ああ今頃は清軍《ちゃんちゃん》の地雷火を犬が嗅《か》ぎつけて前足で掘出しているわの、あれ、見さい、軍艦の帆柱へ鷹《たか》が留った、めでたいと、何とその戦に支那へ行っておいでなさるお方々の、親子でも奥様でも夢にも解らぬことを手に取るように知っていたという吹聴《ふいちょう》ではございませんか。 それも道理、その老人《としより》は、年紀《とし》十八九の時分から一時《ひとしきり》、この世の中から行方が知れなくなって、今までの間、甲州の山続き白雲《しらくも》という峰に閉籠《とじこも》って、人足《ひとあし》の絶えた処で、行い澄して、影も形もないものと自由自在に談《はなし》が出来るようになった、実に希代な予言者だと、その山の形容などというものはまるで大薩摩《おおざつま》のように書きました。 その鼻があの爺《じじい》なんでございましてね。

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