判事はちょっと口を挟んで

       八

「旦那様、この辺をお通り遊ばしたことがございますなら、田舎道などでお見懸けなさりはしませんか。もし、御覧《ごろう》じましたら、ただ鼻とこう申せば、お分りになりますでございましょう。」 判事はちょっと口を挟んで、「鼻、何鼻の大きい老人、」「御覧じゃりましたかね。」「むむ、過日《いつか》来る時奇代な人間が居ると思ったが、それか。」「それでございますとも。」「お待ち、ちょうどあすこだ、」と判事は胸を斜めに振返って、欄干《てすり》に肱《ひじ》を懸けると、滝の下道が三ツばかり畝《うね》って葉の蔭に入る一叢《ひとむら》の藪《やぶ》を指《ゆびさ》した。「あの藪を出て、少し行った路傍《みちばた》の日当《ひあたり》の可《よ》い処に植木屋の木戸とも思うのがある。」「はい、植吉でございます。」「そうか、その木戸の前に、どこか四ツ谷辺の縁日へでも持出すと見えて、女郎花《おみなえし》だの、桔梗《ききょう》、竜胆《りんどう》だの、何、大したものはない、ほんの草物ばかり、それはそれは綺麗に咲いたのを積んだまま置いてあった。 私はこう下を向いて来かかったが、目の前をちょろちょろと小蛇が一条《ひとすじ》、彼岸|過《すぎ》だったに、ぽかぽか暖かったせいか、植木屋の生垣の下から道を横に切って畠の草の中へ入った。大嫌《だいきらい》だから身震《みぶるい》をして立留ったが、また歩行《ある》き出そうとして見ると、蛇よりもっとお前心持の悪いものが居たろうではないか。 それが爺《じじい》よ。

— posted by id at 01:38 pm  

T: Y: ALL: Online:
Created in 0.1676 sec.

http://nespo.info/